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心を痛める力

辺野古沖の新基地に関する沖縄県の県民投票が行われ、反対多数という民意が示された。
投票率の高さも驚きだが、玉城知事が選挙で獲得した票数よりはるかに多い「反対票」は強烈だ。
新基地建設にテーマを絞って、これだけ明確な意思が示された。
普段政治家を決める選挙では見えにくい、本当の民意が立ち現れた。

このことを「真摯に受け止める」政府は、埋め立て工事を進める手を緩めない。
「基地負担を減らす」と従来の主張をうわごとのように繰り返す。
「新基地はいらない」という民意をくみ取ることができないのか、無視しているのか、答えがズレている。
「謙虚な言葉だけ並べておけ」という態度を「真摯」とは言わない。
お得意の道徳も、国語も、なっていない。恥ずかしいくらいなっていない。

政府の姿勢は残念だが、大切なのは沖縄県民ではない僕たちが、この投票結果をどう受け止めるかだ。
これは「政府vs沖縄」の問題ではない。
同じ国民が、地方であえぐ家族が、訴えているその声にちゃんと耳を傾け、自分のこととして考えられるかどうか。
心を痛める力が試されている。

もし僕の身近で、海が埋め立てられ、空から軍用機が落ちてくる恐怖におびえ、家族がレイプされたらどうか。
想像することをやめてはいけない。嫌な気持ちになってもやめてはいけない。
リアルに苦しむ彼らに比べれば、想像くらい。やめてはいけない。
見て見ぬふりはいじめの基本。いじめる側である。

県民投票は政策と民意の歪みを表すサイン。
未熟な民主主義では見えない本当の民意を教えてくれるサイン。
民主主義のプロセスがまちがってはいませんかというサインだ。
そのサインを国民みんなでくみ取って考える機会。
とくに地方に暮す僕たちは、明日の自分事として考えておく貴重な機会だ。
地方の歪みがもみ消されて常識となれば、次は僕達の暮らしがその常識に包み込まれてしまう。

「仕方ない」という人がいる。
そういう人を僕は許さない。
「仕方なく」国家の犠牲になることが正当なら、僕らは明日徴兵され、他国の人と殺し合うことを拒否することはできない。

僕は弱い自分の心に潜むいじめっ子を追い出したい。
自分事として想像して、この問題を考えまくって、心を痛めまくって、心に涙を流して。
強くなりたい。

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2019-02-27 01:07 : 思索ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

自分のクイブチくらい

晴れ間を見つけては稲刈りを進めている。
今年は夏の干ばつがたたり、実りが悪い。
それでも秋晴れの日の収穫作業はすがすがしく、家にとりこんだ新米の香りは格別だ。
あと少しで昨年のお米が底をつくというタイミングでうれしい新米がとれた。
少なくったっていい、よくがんばってくれた稲に感謝するしかない。
ありがとうございます。これでまた一年食べていけます。

稲刈りの頃になると、村中が活気づく。
近く遠くに住む家族が手伝いに来るので、村の人口が一時的に3倍くらいになる。
この村には70代後半の農家がほとんどで、80代半ばでバリバリ現役農家もいる。
彼らがすごいなと思うのは、この年になっても自分たちの食い扶持を自分たちで育て、なおかつ余ったものを他人に売っていること。
農業はそういうものでしょ、と言われればそれまでだが。

自分のクイブチを収穫するこの村の活気とは逆に、テレビのニュースではしきりに景気のこと、株価のこと、世界経済の行く末を案ずる話題にあふれている。
どうしてそんなに不安なのだろうか、ふと疑問に思った。
疑問に思って、この村の生き生きじい様、張り切りばあ様たちと比べて、僕は考えた。
それはきっと、自分たちの食べるものを自分たちでつくれない人が増えているからじゃなかろうか。

食べ物を金で買うことしかできない人達にとって、金の価値が高まり続けること、金が回り続けることは大切なことだ。
むしろなくてはならないことなのだと思う。

この国の総理大臣は横暴なアメリカ大統領と会っている。
自動車の関税が怖くて、農業分野の貿易交渉に応じる構えだ。
自動車で稼いだお金で食料を買い続けるつもりなのだろうか。
経済の先行きを心配し続けながらお金の価値にだけ望みをつなぐつもりなのだろうか。
世界に誇るモノづくり日本は、世界に誇る豊かな土壌を荒らして、他国から貴重な食料を買い占めるつもりか。
どうせそれも大量に廃棄するくせに。

自国の安全保障や、世界の飢餓、環境問題、世界経済の行く末、どれもこれも難しい問題のようで、その根っこは同じ。
自分のクイブチくらい自分でつくれる国にならなければならない。
この国にはそうなれる土壌と農家の知恵がある。
そしてそれを支えているのは、田畑で汗水流す老農たちであることをもっと心に刻まないとならない。
土壌と知恵を引き継がなくてはならない。

希望はある。捨てるにはもったいない希望がまだある。
あとはこの国の若者よ。
農家になりませんか。
自分たちのクイブチをつくれる日本人になってはみませんか。
2018-09-24 23:16 : 思索ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

どこかの誰かを傷つけて~3.11から7年~

3.11から7年が経ちました。
自然災害の前に、たくさんの命が奪われました。
人生を変えられてしまった苦しみ、心身の不調に悩まされ続ける人が今もたくさんいることを忘れてはならないと思っています。
その翌日まで、当たり前に暮らしていた。
それだけでした。

さだまさしさんの「いのちの理由」という歌の中に、僕の好きな一節があります。

♪私が生まれてきたわけは
何処かの誰かに傷ついて
私が生まれてきたわけは
何処かの誰かを傷つけて
私が生まれてきたわけは
何処かの誰かに救われて
私が生まれてきたわけは
何処かのだれかを救うため♪

この歌詞をどう解釈するのが正しいのか、僕はわかりませんが、僕はこの歌を聴くたびに3.11を思い出します。
もっと正確にいうならば、その翌日に起こった原発事故を思い出すのです。
あの日を境に、日本という国はどう変わったでしょうか。
あの日を境に、僕たちはどう変わったでしょうか。
あの日を境に、世界はどうなったのでしょうか。
おぞましい経験をした人、故郷を追われた人は、忘れたい日なのかもしれません。
先日、東京に行きました。
震災直後の暗い、廃墟のようだった東京。その気配はひとかけらも感じられず、電気をふんだんに使い、雑音、雑光、雑踏にあふれていました。
僕は今でも変わらず
「ふくしまをあんな目に遭わせてしまったのは自分だ」
という意識を持っています。
当たり前に電気を使い、便利な暮らしをしていた僕が、原子力発電を許してきたために、事故を防ぐことができなかったという思考です。
それは原発に限らず、世界の紛争内戦、テロリズム、環境破壊、格差社会といった、その他の多くの問題の根っこには、贅沢と便利の中で当たり前に暮らす僕達に原因があるという、思考です。
知らず知らずのうちに、どこかの誰かに傷つけられ、どこかの誰かを傷つけている。
グローバル化といえば聞こえはいいが、要はそういうことではないかと思っています。
安い農産物や食品を輸入することで、どこかの国の農業と自然をこわし、自らの食文化をこわし、体と心を壊していくように。
原子力発電の技術協力をすることで、どこかの誰かを便利にし、どこかの誰かに核のゴミを押し付けるように。
おしゃれなギフトの過度なラッピングが森林を破壊し、異常気象を引き起こすように。
何処かの誰かを傷つけているようで、結局また自分も傷つけられて。
そうやって僕たちは生きていることを思います。

とはいえ、逆もあるはずです。
自分がとった行動や、暮らし方が、何処かのだれかを救うことが。
今の暮らしを当たり前と思わず、誰かを傷つけていることを想像し、自分なりに変えていく。
一つ一つ小さな変革が、傷つけあう社会から救い合う社会に戻していけるはずです。

それが原発事故で誰かを傷つけてしまった僕にできる償いの形だと考えています。
シリアの内戦を思います。
太平洋戦争よりも長く、しかも国内戦に、子供たちの命が奪われ続けています。
遠い国の誰かを僕たちは傷つけてはいないか。
現状を知り、心を痛めるところから始めたい。
そうして暮らしを変えていく。
それが僕が生まれてきたわけなのだから。
7年前のあの日から、変わらなければ。
僕が変わらなければ。
2018-03-11 06:16 : 思索ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

6年目の3・11

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今年もまたこの日がめぐってきました。
今は自分の新しい生活にも慣れ、忙しい日々に、あの日のことを忘れて暮らすことがほとんどになってしまいました。
でもやはり、忘れてはいけない、心に留めて生きなくてはいけないのだと思っています。

6年前、東京のオフィスに僕はいました。
地震のあと感じた東京の寂しさを思い出します。
普段、あれほど華やかだった東京という大都市は、電気がなければ寒々しいコンクリートの塊でしかなく、人の温かみも、自然の存在感もそこにはなく、ただ寒々しい本性をさらけだした感じでした。

この村に暮すようになり、人の温かさ、やさしさ、自然の圧倒的な存在感に包まれていることが当たり前になった今、あの寒々しさが返って強く思い出されることがあります。東京を離れてずいぶん時間がたったはずなのに。

原発の事故で感じたことは、僕たちがいかに電気に頼り過ぎていたかということです。
便利さという欲求を追いかけるほどに、暮らしが脆弱になっていたのではないかということです。

つまり、ふくしまをあんな目に遭わせたのは、僕だったのではないかと。

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昨日、地元の吉川小学校6年生の総合学習の時間に呼ばれて行ってきました。
昨年秋に、「地域に仕事をつくること」を考えてほしいと話をしたところ、こんなすごいジオラマとフィギュアで、よしかわの独創的なしごとを表現してくれたのです。

涙が出ました。

そしてその中の一人の子のアイデアに、僕は6年前のことを思いました。
そのアイデアとは「竹灯籠をつくって町を明るくしたい」。
荒れた竹山をきれにして、その竹で灯篭をつくり、みんなの家の前に飾るのだそうです。
自然の素材を生かし、自然の光で、町を明るくする。

原発反対と声高に叫ぶことも大事ですが、この子供たちのまっすぐなメッセージに大人の僕はたじたじでした。
そう、それでいいんだと思います。
もっとシンプルに、自然に寄り添う暮らしが、本来日本人の得意な生き方だったはずなのですから。

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雪掘りあとの壁を使って、雪灯籠をつくりました。

あの日失われたたくさんの命と、未来を祈り、また新しい一年が始まります。
2017-03-11 17:24 : 思索ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

暮らしやすさ

元旦早々に漬け物の仕事があり三が日に動けなかった分、少しお休みをとって1泊2日で千葉の実家へ行ってきました。
両親は元気そうでした。農業の師匠も元気そうでした。ホッとして新潟に帰ってきました。

千葉はすごく晴れていて、暖かく、僕のかつての正月のイメージはまさにこんな感じ。
新潟の正月は天気が悪く、寒く、雪の中。
でも新潟に住んで5年になると、すっかり正月のイメージが変わるものです。
晴れていると、なんか落ち着かない。
息が白くないことに、違和感がある。

僕の生まれ育った柏はいろいろと変わった。
山や森がなくなって、マンションや大きなショッピングモールとかバンバンできた。
そのことを「暮らしやすい」と感じるかどうかは個人差があるだろうけれど、ただはっきりしていることは、僕がザリガニ釣りをしたり、探検ごっこをした川も森もそこにはもうないということだけだ。

ふるさとは明るくて、暖かくて、人がたくさんいて、車がたくさん走っていて、にぎやかだった。
そんなふるさとから、今の暮らしのある新潟県の山里に帰る途中、湯沢で大雪に遭った。
事故をしないよう、目を凝らし、ゆっくり走らせた。
上越に入り、山道を走りだすと、雪ウサギが出迎えてくれた。
家に着くと、家の中は暗くて、冷え冷えとしていた。
ストーブに火を入れ、ふろを沸かし、湯たんぽを布団に包んだ。
ずいぶん長い間留守にしていたような気持ちになりながら、布団に入る。
湯たんぽを入れるのが遅かったからか、今日はよく冷え込んでいるからか、布団は冷たく湿っぽい。
それでも湯たんぽのおかげでじんわりと温かくなってくるのがわかった。
湯たんぽの位置をいろいろ変えてみて、いちばんいい形で眠るんだ。
「暮らしやすい」かどうかは個人差があるのだが、
はっきりしていることは、帰ってきてほっとしている自分だ。

今朝になり、タツ子さんから電話が入る。
「おまん、帰ってきたんか?」
ちょっと留守にすると、こういう確認の電話がよくあるのだ。

加工所に歩いて向かうところを、町内会長が見つけて声をかけてくる。
「乗ってくか?」

加工所での仕事を終えて歩いて帰ってくるところを、冬の間だけ郵便配達をしているアッチさんと会う。
「鴫谷さん、書留!」
サインすると
「これ、おまんちで合ってるろ?」
時々配達を間違うアッチさん、サインさせてから確認するなんて!

この村は人が少ない。少なくてなおかつ高齢だ。
でもみんな優しくて、どこかおかしい。
そしてお互いに声を掛け合いながら、笑い合いながら暮らしている。

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今年はまだうっすらとしか雪がないが、これから本格的な冬に向かうのだろう。
長い冬があるから、めぐってくる春がうれしいように
人が少ないから、お互いのやさしさが染みるように
手間がかかるから、収穫が喜ばしいように
不作があるから、食べられることに感謝するように
決して暮らしやすい村とは呼べないのかもしれないけれど、喜びとやさしさと感謝にあふれているこの村の暮らしがどうやら僕たちには心地いいのだと思う。
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2017-01-06 13:25 : 思索ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

鴫谷幸彦

Author:鴫谷幸彦
青年海外協力隊、農業系出版社など経て、新潟県上越市吉川区の山村に移住。2年間の研修ののち2014年春に就農しました。

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