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僕が農家を続けるわけ 2019

就農して5年がたちます。
農業をやろうと思った動機や経緯については聞かれる場が多くあり、もはや「立て板に水」でお決まりトークをペラペラーとやれるわけです。
とはいえ、あれから7年(研修2年を含む)。
志した思いは思いで大切にしつつも、実際に農家になってみると、日々感じること、日々学ぶこと、日々考えることが積み重なります。
重なった今の思いは、これも大切に残していきたい。
今の気持ちを。今の自分の立ち位置を確認したくて。過去の自分の変化を残したくて。
毎年1月に書き残すことにしました。
というわけで新カテゴリ「僕が農業を続けるわけ」です。

一昨年の11月に娘が誕生した。
昨年は僕達の暮らしが、子供を中心に回り出した年でした。
もちろん農業も。
それまでは朝早くから暗くなるまで休日もなく、ずっと妻と二人で農作業をし、へとへとになって、二人で家事をこなす日々でした。
それはまるで終わりの見えない「合宿」のようでした。
体はいつも疲労と生傷だらけ。それでも充実した毎日だったと思います。
それが一変。娘の誕生で、妻は子育てに専念せざるを得ない状況になり、僕は農作業と加工所の仕事に専念。家事をしている余裕がなくなり、ほとんど妻に家事を任せるという、たましぎ農園初めての分業体制へと自然にシフトしました。

いっぽうで農業経営のほうは、今まで川谷エリアでは誰もしていなかった、「田んぼで野菜をマジ栽培」に着手。
石谷集落のど真ん中の田んぼを借りて、どどーんとトウモロコシ、ナスをつくり、村のみんなを驚かせました。
稲作も前年の1.6倍に増えて、もうてんやわんや。
野菜はビギナーズラックもあり、意地もあり、なんとか形になりましたが、お米のほうは管理不行き届き。
天候不順も重なり、収量は過去最低でした。

もともと田んぼで米づくりしかない地域で、野菜をやってみたかったのは、可能性を探りたかったから。
「ここではお米」と決めてしまうにはもったいない気がして。
どれだけ難しいのか、どれだけ働くとどれだけお金になるのか、実際にやってみようと思ったからです。
やってみると、これはとても大変なことでした。
「野菜は手数」と野菜農家の先輩から聞いていたように、収穫までも細かな手間がかかり、収穫となると毎日毎日早朝暗いうちから。ナスもトウモロコシも次々と成り、夢で野菜に殺されかけるほど、追われ追われた夏でした。
お米もやっと人並みの面積になり、手が回らなければ米はできないこと痛感しました。

5年目の作を終え、猛烈に働いた日々の代償はとても食べていけるようなものではありません。
心に刻まれたことはひとつ。
農業はなんて大変な仕事なんだろうということです。
今、農家として食べている先輩たち。彼ら彼女らは、いったいどれだけの努力をしたから今があるのだろうか。
農業で食べていくということの大変さを実感し、先輩への畏敬の念が湧きました。
農家って本当にえらいなー。
もちろん農業をあきらめるつもりは毛頭ありません。むしろ覚悟ができました。
やるべきことがはっきりと見えた昨年。今年は手を動かし、頭を動かし、もっともっと農家にならないといけません。
長く雪深い冬があるから、春が待ち遠しく、感動的なように、今の苦しみを乗り越えたい。
ここで踏ん張らなければ、農家になった意味がない。

そして子育てと両立する農業についても考えるようになりました。
娘にはちゃんとしたものを食べさせたい。
娘には自然の中できれいなものをたくさん見せたい。
娘に作物が育つところを見せたい。
娘に農業で働く姿を見せたい。
娘には農業を通じて働くことを感じてほしい。
娘にはこの村で暮らすじいちゃんばあちゃんの仕事ぶりを覚えておいてほしい。

僕が今年も農業を続ける理由です。


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2019-01-29 02:17 : 僕が農業を続けるわけ : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

鴫谷幸彦

Author:鴫谷幸彦
青年海外協力隊、農業系出版社など経て、新潟県上越市吉川区の山村に移住。2年間の研修ののち2014年春に就農しました。

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