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平成28年度産米、販売終了です

おかげ様で平成28年産こしひかり、完売です。
新米は10月の通信でご案内します。
お待ちください。
なお、平成29年のお米定期便の予約を受け付け中です。
パンフレットをご要望の方は下記Eメールまでどうぞ。
tamashigi.farm@gmail.com
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2017-07-31 23:17 : お知らせ : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

たかが大学①

「大学まで出て、こんなところで農家するんじゃ、もったいないねー」
と、村の人に言われることがあります。
大学でまじめに勉強しなかった僕がこんなことを書いても説得力がないので、妻の玉ちゃんの意見も取り入れつつ、大学っってなんだ?大学で勉強するってなんなのか?二人の考えを残しておこうと思いまして、深夜。書いたら寝ますね。
給付型の奨学金の話が浮上してきているので、そのこととも合わせて。

僕は農学部を卒業しました。半分は馬術部にいました。
ちゃんと勉強しておけばよかったと思ったのは、農業系の出版社に勤めたときに、農学的な知識が必要になって初めて。
とはいえ、馬ばかり乗っていたことが間違っていたなんて、これぽちも思っていません。
毎朝5時から馬の世話をして、練習をして、馬の手入れをして、給餌したら午前中は終わっていたり、休日は馬のエサ代を稼ぐべくアルバイトに精を出したり。愛馬とともに暮らす日々。馬を愛する一点で強いつながりを持てた先輩同期後輩の部員たちとの日々。馬を調教してくれた恩師からもたくさんのことを学びました。それはそれで、あの年齢の、あの感受性の時だけの特別な経験が、僕の今の人間性を作っていることは間違いない。
大型動物との接し方、飼育の仕方、堆肥の作り方、フォークの使い方、実践的なこれらの経験は、もちろん農業に大変役立っています。
馬術部に入りたくて農学部に行ったわけではないけれど、馬との出会い、人との出会いが、結果的に僕の中のアイデンティティーを引き出してくれたのはよかったと思っています。
農学的知識については、さっき書いたように、仕事で必要になった時に、猛烈に調べました。
必要に迫られての勉強は実に頭に入りました。いわゆる勉強なら、いつだってできる。必要になったときに勉強すればいいんじゃないかと思います。
大学を選んだ決定的なポイントは、いくつかの大学を観に行く中で、都内の大学でもこんな大きな農場があるんだーとわかったから。高校3年生の僕は農学とか農業というより、農作業に猛烈な憧れを抱いていたから、その気持ちにピッタリだったのかもしれません。大学に行って、農作業ができるという、なんかおかしな形に魅かれたんです。
高校生で、将来自分がどんな仕事をしたいかなんて、はっきり言って決められない人のほうが多いはず。
僕だって、「絶対に農家になろう!」とは思ってなかったと思います。国際協力にも関心があったし。企業に就職する自分も想像していました。
でも、どうだろうか。別に将来なりたい自分に向かって一本道を行くことが、そんなにいいことだろうと思ってしまう。
高校生は高校生なりに、大人の話や本に書いてあることを見聞きし、いろんなことに興味が生まれるものだと思います。
その興味が、たとえ仕事にならなかったとしても、持てる嗅覚を最大限発揮して、興味のあるほうへ、自分が行ってみたいほうへ、行けばいいだけ。それが進学かもしれないし、就職かもしれないし、どこか遠くの国へ行くことかもしれないし。
違ったら引き返せばいいし、それもすばらしい経験。何度でも興味をかぎ分けて進めばいい。
大学なんて、そんなもの。そんなものの積み重ねが人生なんじゃないか。
早咲きも遅咲きもない。みんな人生をかけて自分になっていく。

一応ちゃんとしたことも最後に書くと、大学3年生から研究室に所属して、田んぼにはいつくばって実験や調査をたくさんしました。
それは今もとても役立っています。
農学的な知識としてではなくて、田んぼに這いつくばれること。それから、世の中は理系頭の研究者目線で解読しようとすると、結構面白くて、腑に落ちるということ。アバウトな僕に、新しい要素が入り込んだ。これはいい経験でした。

長くなった。
今夜はここまで。
おやすみなさい。
(つづく)
2017-07-31 01:14 : モノモウス : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

時々節々を大事にする暮らし

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妻の友人のソニアさんは、オーストラリア在住のドイツ人。
日本に居たこともあるというが、きれいな日本語にびっくり。
ソニアさんが我が家に来た(7月1日~2日)のは、スイスの「新チューリッヒ新聞」に掲載する記事の取材でした。
近年、日本の若者が田舎の田舎を目指すムーブメントについての取材(だったような)とのこと。

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ソニアさんはスラッと背が高くてかっこいい。
道普請の後の飲み会に飛び入り参加し、村のじいちゃんたちに、あれこれ質問していた。
石谷の背が低くてもかっこいいマサヨシさんと並ぶとこうなる。
以前見知らぬフランス人が訪ねて来た時もそうだったが、マサヨシさんは外国人に受けがいい。日本人も外国人も関係なく、思いっきり石谷言葉で話しかけるところがかっこいい。

取材を受けると自分たちの考えを言葉にしようともがくうちに自分たちでも驚くような内なる発見がある。そこが面白い。
今回は季節ごとに近所からいただくものについて、内なる発見。
覚えているうちに書き残しておきます。

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7月のはじめ頃、村の母ちゃんたちはチマキや笹団子をつくります。
去年、教えてもらった、ちまきの縛り方を、すっかり忘れてしまった妻がまた教えてもらっていました。

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村の人は、季節に合わせて、節目節目を楽しむ風習がある。
菖蒲湯、朴葉めし、山の神様、オバナ祭り、ちまき、笹団子、豆腐、春祭り、山菜料理。
そのたびに、我が家にはおいしい季節の郷土料理が届く。
何日がなんの日か、なんの節句か、まだよくわかっていない僕たちだが、いただきものはおいしくいただいている。
彼らのこの一連の行動は、忙しいばかりの僕たちには、無縁だ。
そう思っていました。
でも、本当はすごくやってみたい。村の人たちのように、季節に合わせて小さな行事を重ねるような時間を過ごしたい。そう思うようになってきました。

こういった行事はおそらく、娯楽が少なかった時代に、大変な農作業や豪雪の合間に、節目を設けて休んだり楽しんだりした名残りのように思います。
これらの行事、料理に魅かれるのは、単なる憧れだけではありません。
彼らの一年の動きを見ていると、実に無駄がなく、次の季節を読みながら、段取りをして、上手に作業を進めていきます。
それに呼応するように、節目節目にその季節の恵みを上手に取り込み、楽しんでいます。
今の僕たちは、下手くそな仕事のために、人様よりもずいぶんずれた作業をしています。
そのせいで、季節感をつかみづらく、一年があたふたと過ぎていきます。

この村の先輩方のように、本当にこの村の自然に合わせた作業や暮らしができるようになると、節目が際立つようになり、季節を感じる力が備わるのではないかと思うのです。
だからいつの日か、この村の小さな行事まで、マネできるようになりたい。
せっかく自然豊かなこの村に暮すのだから。
かっこよく暮らせるようになりたいな。
2017-07-21 23:36 : 石谷集落のこと : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

鴫谷幸彦

Author:鴫谷幸彦
青年海外協力隊、農業系出版社など経て、新潟県上越市吉川区の山村に移住。2年間の研修ののち2014年春に就農しました。

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